女装をしていて初めて会う人に最も多く聞かれるのは「女装を始めたきっかけは?」って質問で、それを毎回律儀に「タイに行った時に〜」って初めから丁寧に答えていたけれど、これを機に一気に文章化してしまってその手間を省いてしまおうってわけ。
ある年の9月の中頃、私はタイはバンコクのドンムアン空港に降り立っていた。大学の夏休みに格安航空で行く一人旅、いかにも学生らしい。なんでタイかっていうと、たまたまネットで仲良くなった外国の女の子がタイ人で、遊びにきたら案内してあげるよってな社交辞令を、空気を読まずに鵜呑みにして案内されに行ったのである。
話は逸れるけれど、海外に一人で行く時は事前にこうやって現地の友達を作って行くのは本当におすすめ。その友達次第ではあるものの、観光地の案内や通訳、観光ガイドにない現地人向けのお店にも連れてってくれたりする。私が仲良くなった娘は、確か中国系のタイ人で、インターネットショップか何かを運営していて日中は暇だからとほぼ毎日つきっきりで案内してくれた。車も出してくれたし、きっとお金持ちなんだろうな。
私たちの間の主言語は英語だったけど、仕事の関係で日本語もけっこう話せるみたいでコミュニケーションには一切困らなかった。
その娘に「遊びにおいで」と言われた翌日には「2週間後の飛行機取ったよ」って返信したもんだから、かなり驚いてた様子だったけれど、わざわざ泊まるところのオススメなんかも提案してきてくれたその娘には今でも本当に感謝してる。タイが本当に好きになったのは半分くらいこの娘のおかげ。
その娘は中心部からは少し外れているものの、自宅に近いから案内しやすいし宿泊費も安いというかなり好条件の宿泊先を見つけてきてくれたのだが、私はそれを断腸の思いで断り、わざわざ市内で少し治安の悪そうな立地のホテルを予約した。
男が一人でタイに行くんだもの、大体の人は察しがついていると思うけれど、そのホテルはバンコクの有名な歓楽街、ナナプラザに歩いていける距離にあるのだ。宿泊地を伝えると、その娘も何かを察したような微妙な返事が返ってきたけれど、深くは聞かれなかった。
こうして7泊8日のタイ一人旅が幕を開けたのである。
空港を出てすぐホテルまでのタクシーを拾う。ぼったくられないように言い値じゃなくてメーターで乗るべきなんだけど、言い値がそんなに割高でもなかったから気にせず乗った。陽気な運転手はこちらが日本人の男だと知るや否や、「オンナ紹介できるよ〜」と笑顔で語りかけてくる。やはりあちらさんも日本人と言えばこういうイメージなのか。
私が微妙な顔をしていると、「オカマ?オカマがいい?」と更に笑顔。「あはは、ノーセンキュー」と苦笑いしてるこの時の私は、その後自分がそのオカマになるなんて夢にも思っていない。
そんなこんなでタクシーはホテルに到着し、運転手は「オンナ要るなら電話してね!」と電話番号を渡してきた。結局彼に電話することはなかったが、次に機会があればこういう遊び方もやってみたい気がしないでもない。
チェックインを済ませて早速外に出掛けてみる。空港を出た時から感じていた香辛料の香りがますます強くなっている。来る時には車内だったので気づかなかったが、このホテルから大通りに出るまでの道にはエロマッサージ店が立ち並んでいて、とても治安が良いとは言えない(わざわざその為にそこを選んだのだけれども)。
店の前で客引きをしている女の子たちはこちらが日本人だと見破れるようで、通るたびに「ピカチュ〜!!」と黄色い声で手を振ってきたり、腕を引いてお店に連れ込もうとしたりしてくる。好みのタイプではなかったので遊ぶつもりはなかったが、何せホテルまでの道のりで毎日顔を合わせるもんだから数日後にはすっかり仲良くなって一緒に屋台でご飯を食べたり、トゥクトゥクを捕まえてちょっと遠くのレストランまで行ったりするほどになった。勿論私の奢りだったけど。。。
翌日から案内してくれる友達が合流。エメラルド寺院、ワット・ポー、チャオプラヤ川を舟で渡るツアーなどのタイ観光の定番から、地元民が行くようなアウトレットやショッピングモール、水族館にも車で連れてってくれた。こうして昼間はお行儀の良い観光を満喫し、日が暮れると友達に別れを告げてホテルでシャワーを浴び、ナナプラザまで出かけるのがこの1週間の日課だった。
ナナプラザを知らない人向けに分かりやすく教えると、ちょっと小さめのゆめタウンとかイオンみたいなショッピングモールがあって、その中のテナントが全部えっちなお店、みたいな感じ。そりゃもう男からしたらディズニーなんて比じゃないくらいの夢の国なわけでしょ。
初めて訪れた夜は全部のお店の前を一通り通ってみて、それぞれのお店の雰囲気やら何やらを味わってみた。どこも客引きはされるけれども、ホテルのそばにある小さなマッサージ店の女の子たちほどの強引さはなくて、いっそのことあの娘たちみたいに腕を引っ張ってくれたらそのお店にするのにな、なんて悩んでるうちにとうとう歩き疲れてしまったので、事前にここだけは一回行っておこうと決めていたお店に行くことに。その名も「オブセッション」。
ナナプラザのお店は大体3種類に分けられて、「女の子しかいない店」、「レディボーイしかいない店」、そして「その両方がいて、目の前の娘がどっちなのか分からないお店」がある。だもんで、ナナプラザに行く場合、あらかじめそのお店がどれに属するのかを調べておかないと後悔することになったりする。
まあ私は何も調べずに行って、本当に気に入った娘であればそれがどっちでも楽しめるから、そういう遊び方の方が楽しいと思うし、そういういい加減なところもタイの魅力だと思うのだけれど、そこはやっぱり人それぞれなのでね。
そして何を隠そうオブセッションは「レディボーイしかいない店」で、しかも「竿ありの専門店」なのである。タイと言えば微笑みの国。愛嬌のある女の子、そして美人のニューハーフ。そんなイメージの私は現地での社会科見学と称してオブセッションへ単騎突入する。もちろん遊ぶつもりなんて無かった。ちょっと疲れた足を休ませる為に、美人のレディボーイを眺めながらビールを飲もうと思っていただけなのである。
ところが、いざ実物を目にしてみると、「女の子より可愛い女の子たち」がそこにいた。そしてめちゃめちゃ積極的。「シリコンだよ〜触ってみて♡」と何の躊躇いもなく自身の乳へと私の手を誘う。その声はよく聞けば男のものなのだが、そんなギャップがまた心の奥を刺激する。普段酒をあまり飲まない私だけれど、東南アジア特有の、味が薄いせいでついグビグビ飲んでしまうシンハービールも手伝って、気がつけば私はペイバーの誘いにOKを出してしまっていたのである。
さて、ここでゴーゴーバーの仕組みについて説明しておこう。客はまず席に通されると自分の飲み物を注文する(とりあえずシンハー!)。店内の中心部はダンスステージになっていて、番号札をつけた女の子たちが交互にステージで踊りながら指名を待っている。客は気に入った女の子の番号を店員に伝えると、指名された女の子が席に来るのでその子の飲み物を注文してあげてお酒と一緒に会話を楽しむのだ。ほとんどの場合、女の子たちはペイバーを誘ってくる。ペイバーと言うのはpay bar、つまりお店に払う手数料みたいなもので、その娘のいない間のお店の売上の補填の意味、要は女の子をお店の外に連れ出す為の料金ということである。
自分のホテルには奥さんが寝ているので連れて帰れない?心配ご無用、なんとナナプラザには完全にそれ用のラブホが併設されている。ペイバーにはショートとロングとがあり、ショートは大体そのホテルで遊んで終わり、ロングになると自分のホテルに連れて帰って朝まで、が多い。とは言え自分の荷物も置いてあるホテルに連れ帰るのは抵抗ある人も多いだろうし、開店したばかりの夜の浅いうちなどはロングに誘っても女の子に断られたり(まだ他の客とのショートが見込める為)もあるので、とりあえずはショートがおすすめ。
自分の飲み物、女の子の飲み物、そしてペイバーの代金を支払ってホテルで遊んだ後は女の子にチップを渡すのも忘れずに。もちろん、お持ち帰りしなくてもOK。近くで見たらなんか違ったな〜なんて場合でも、飲み物を注文してあげてお喋りが済んだら心ばかりのチップを渡そう。それで向こうも気分良く去ってくれる。
因みにオブセッションは私のように「観光目的」の人も結構いる。なんなら奥さんか何か知らないが女連れで来ている人もいた。その奥さんにもしっかりサービス精神旺盛な対応をしていたので、遊ぶだけでなく、レディボーイが見てみたい!という需要にも応えていると思われる。
ペイバーの誘いをOKすると、その娘は嬉しそうに私の手を取って、それじゃあ着替えてくるね♡と店の奥に消える。その間にお会計を済ませ、待ってる間に少し冷静になりかけたが、もう遅い。私はこれからおち○ちんのある女の子とホテルへ行くのだ。店内用のセクシーな衣装から外出用の私服に着替えた彼女の可愛さも格別で、その子と腕を組みながら店を後にする私に他の客の「あいつ大丈夫か?分かってて遊ぶのか?」という少しざわついた視線が背中に突き刺さる感覚にすらも高揚感を覚えた。
ナナプラザ併設のラブホテルは多少古いが日本のそれと大差なく、受付には背の低いおばちゃんが一人で座っていた。ここで私が連れてきた「女の子」が身分証明らしきものをおばちゃんに見せていたのが印象的だ。恐らく、それがここのルールなのだろう。未成年だったり犯罪に巻き込まれるのを防止する為なのかな、などとぼんやり考えていると、彼女の身分証明をチェックし終えたおばちゃんと目が合った。その身分証明は彼女が男性器を携えた存在であることを証明していたはずだが、そんなのここでは珍しいことでも何でもない。その覚悟だけを試すような視線を投げかけられ、それに応えるようにホテルの料金を支払えば、あとはただ薄暗い部屋にシャワーの音が響き渡る。
女性よりも女性らしい見た目なのに聳え立つ立派な一物。結論から言えば、私はその倒錯的な快楽に耽溺してしまった。一週間の滞在だったが、毎晩ナナプラザに通った。そんな予定ではなかったので当然手持ちの資金が怪しくなってきたが、どうしても遊びたかったので元カノに経緯を話してお金を送ってもらった。「レディボーイと遊びたいから」と伝えると、ウシジマくんにハマっていた元カノは爆笑しながら暴利を提示してきたが、背に腹は代えられない。何なら帰国する日の夜すらも空港に向かう前に寄った。一週間分の荷物の入ったデカいリュックを抱えていたので、ナナプラザ入り口の警備員に止められて中身チェックをされると言う辱めも受けたが、その後のお楽しみを考えれば全く気にならなかった。
この最終日に遊んだ娘がなかなかの曲者だった。如何せん飛行機の時間も迫っていたので、最終日は気分を変えてオブセッションではない別のレディボーイ専門店へ向かった。オブセッションが混んでいたこともある。ゆっくり吟味する時間はなく、ニホンゴ大丈夫ヨ〜とノリの良い娘に誘われるまま指名、おしゃべりも程々にペイバーのお誘いに即OKしてホテルへ。滞在中は毎晩レディボーイと遊んでいた私であるから、もうプレイにも慣れてきた。一切の躊躇もなく彼女の彼女自身を口で弄びながら、可愛い悲鳴をBGMに背徳の世界に沈んでいく…
彼女が言った。
「ワタシ、そろそろ挿れたいナ♡」
「うん。…え?挿れ?そっちが?」
「大丈夫ナ♡優しくするカラ♡」
「え?待って?え?」
今思えばこれが私の女装への第一歩だったのかもしれない。
臀部に違和感を覚えながらも、帰国する飛行機の中で私はこの一週間の思い出を反芻し続けていた。寝転んだ巨大な大仏、美味しい料理、レディボーイ、レディーボーイ、レディボーイ…
四日目だっただろうか、試しに「どちらもいる店」に行ってみたことがある。真っ先に目を引いたのは小柄で愛嬌のある女の子だった。「あなた日本人?私日本人大好きよ」と素敵な笑顔で営業をかけてきたその子とホテルへ行くことに。正直どこからどう見ても正真正銘の女の子だが、もしこの子にアレがあったとしたら、もう何も信じられないし信じなくていい。そんな気持ちで彼女が先にシャワーを浴びているのを待っていたが、ふとベッドのサイドテーブルに彼女が受付で提示したIDをそのまま無造作に置いているのが目に入った。悪いな、と思いつつもそれを盗み見た私は、そこにしっかり「女性」と記入されていたことに対して安心感と残念な気持ちの入り混じった不思議な気持ちで満たされたのだった。タイでは、小柄で愛嬌のあるのが女の子。すらっとして美人なのがレディボーイだという言葉を、シャワーを浴びながらその胸の中に刻み込もうとした。
「あなた、女の私より色白ね。羨ましいわ」
ベッドの中で私の胸をさすりながら彼女が呟いた。それは、ここに来る男性たちの大半の目的を果たすことの出来なかった私に対する哀れみだろうか。タイでは色白であることがお金持ちの象徴で、白ければ白いほど良いとする色白信仰があるとどこかで読んだことがある。であれば、それは彼女が漏らした心からの気持ちであったのかもしれないが、少なからず傷ついていた私には彼女の本当に可愛らしい笑顔に精一杯のチップを払って、ホテルを後にしたその足でオブセッションに逃げ込むことしか出来なかった。
当時の私の下半身は私自身のことを誰より一番理解していたに違いない。
もはや妄執とも言えるあの煌びやかな夜の世界への憧憬は日本に帰ってからもしばし尾を引き、耐え兼ねた私は、しかし再びタイへ遊びに行くほどのお金もないので、ならば日本のレディボーイを見に行こうと思い立ち東京へ向かった。
辿り着いたのは女装バー。日本では風俗はもちろんキャバクラの経験もない私にはその扉はひどく重く感じられたが、意を決して踏み込む。いざ、あの素敵な世界へ今一度。
店内は可愛く彩られ、店員が三人ほど並べるカウンターにテーブル席も少々、そして奥には着替える為の化粧室も備わっていた。何でも、ここで客も女装して楽しむことができるのだとか。声を聞いた時の違和感にさえ目を瞑れば、店員として接客している彼女たちは紛れもなく女の子そのものだった。女装バーなので整形やシリコン何でもありのレディーボーイたちとは厳密には異なるし、ペイバーなんて淫らな制度もないのだが、彼女たちが与えてくれる倒錯感はあの夜にも見劣らない。それを肴に健全に酒を飲むのがここでの過ごし方である。何なら店員の彼女たちには女性ファンもいるようで、わざわざ彼女らに会う為に一人で来ている女性客さえもいた。東京まで来た甲斐はあった。
夜も更けて来た頃、カウンターで私の隣に座っていた客の一人が、私にここで女装をしてみてはどうかと持ちかけて来た。背も低いし似合いそうだと力説する彼の眼力と、もう何杯目かも忘れたアルコールとに流された私はそれを快諾するとメイクルームへと向かった。いくらか払う必要はあるが、衣装やウィッグは貸してくれるし、メイクも店員さんがやってくれる。決して女装や化粧が生まれて初めてと言うわけでもなかったのだが、完成した鏡の中の自分を見て、悪くないじゃん、と思った時にはもう心の中で何かしらの決心はついていたようだった。
そして気が付けば私は、東京から帰る飛行機の中で化粧道具と女性用の服、下着の一式を注文していた。また随分と金のかかる趣味を見つけてしまったかもしれんな、などと呟いてみる。そのまま自宅で初めて自身の手で女装をしてみて、その日のうちに知らない男に会いにいっては「女装」という行為と存在について考える機会を貰い、夜な夜な公園へ出かけるようになるのだが、それはまた別のお話。
以上が私が女装をするようになったあらましでございます。半分以上はただのタイ旅行記でしかない気がしないでもないけれど、タイという存在はそのくらい私に影響を与えてくれたので仕方がない。流石に口頭で話す時は、「タイでレディボーイにハマって〜、それを機に東京の女装バーへ遊びに行って〜、なんかミイラ取りがミイラになる感じで女装する方にハマっちゃったんですよね〜」ぐらいに端折ってはいるけれど、真に私が伝えたいことを書き起こすとこのぐらいの文章と熱量になってしまうのでありました。
女装/旅行/Steam
長いんで読んで無いんですけど納得しました。
これがメンタリズムなんですね。
お久しぶりです
元気にしてましたか?
とっても良いお話読ませていただきました!
ドキドキワクワクな話でした
これからもチェックしますね!